ところざわ倶楽部          投稿作品     エッセイ&オピニオン


      「物価の優等生はどこへいったのですか?」

        
~たまごの玉ちゃんが詳しく説明します~

     
                    2023-3-24     記 玉上 佳彦

                                                      
       

     

                    
 

1.なぜ卵は物価の優等生だったのか?

    正確な記録が残っている1950年(昭和25年)のJA全農東京Mサイズの年間平均卵価は
  212
円/kgでした。当時の物価水準からみると、かなりの高価格となっています。卵焼きは  病気の時や運動会や遠足の時しか食べることができなかったと記憶しています。それから71  年後の2020年の平均卵価は170円/kgでした。ほとんど変わっていないというよりも
  逆に安くなっていたので「卵は物価の優等生」だったのです。
  

   卵の業界は、乳業、米、小麦などと異なり、国によって全く保護されていなかったため、卵業界は養鶏業者らによって、必死の合理化努力の結果として、安値を維持されてきました。1955年の養鶏業者数は450万戸でしたが、2022年は1,800戸となり、0.04%まで減少しています。しかし、鶏卵生産量は年間250万トンというほぼ同じレベルを保っています。なぜでしょうか? これは、昔多かった中小の養鶏業者が淘汰され、大手養鶏業者に集約されてきた結果です。養鶏場の大規模化、最新養鶏設備の導入による養鶏環境の改善、鶏病の減少対策などにより、価格、生産量を維持できていたのです。 従って、つい最近までは、「卵は物価の優等生」だったのです。


ネギ(緑)、理髪料金(赤)と比較した卵価格(黄)


2.鶏卵価格はなぜ急騰したのか?

 昨年2月からのロシアによるウクライナ侵攻により、飼料価格が急騰しました。それに伴い飼料原料のとうもろこし、大豆粕、魚粉などの輸入原料の価格が高騰し、同時にエネルギーコストも上昇したためです。

 日本の鶏卵の自給率は、97%ですが、飼料自給率を考慮すると約13%といわれています。加えて、原種鶏、種鶏は、アメリカやヨーロッパからの輸入に頼っています。従って、日本の鶏卵は純国産のものがほとんどない状況です。


飼料


飼料原料は輸入に頼っている



3.鳥インフルエンザの大量発生

 昨年から日本各地(25道府県)で、鳥インフルエンザが発生し、2023315日現在では、1,612万羽が殺処分されています。この数量は現在の採卵鶏(成蹊メス)の飼養羽数
13,700万羽)の約12%に相当し、過去最大の殺処分数となっています。前述の原因とは別に、この大量の殺処分が価格高騰に大きく影響しているのです。

   動物園の鳥類にも感染が広がっており、今後も更に感染拡大する心配があります。養鶏農家は、非常に厳しい予防措置をとっていますが、不安は拭われていません。但し、大型養鶏場は、最新鋭のウインドウレス鶏舎で飼養していますので、外部からの野鳥やネズミなどを完全にシャットダウンできるようになっていますので、新たな鳥インフルエンザの発生は抑えられると思います。

   
     ウインドウレス鶏舎           平飼い鶏舎    


 但し、最近ではカンボジアで鳥インフルエンザに感染したヒトが2名死亡したとのニュースがありました。鳥インフルエンザはヒトには感染しないはずなのですが、今後は要注意かも知れません。

4.日本の卵の品質は世界一!

 世界中で、卵を生食する国は日本だけといっていいでしょう。一般的に卵は生食するとサルモネラ菌が原因の食中毒が発生するため、加熱加工が必要と考えられています。

  しかしながら、日本で流通している鶏卵は、養鶏場の段階から、産卵日管理、洗卵、パック詰めなどを通して、極めて安全に管理されています。従って、最近では日本で卵のサルモネラ中毒は激減しています。ちなみに私は毎日23個の卵を食べています。コレステロール値は極めて低いので、医師は不思議だと言っています。

 日本人一人あたりの年間消費量は340個で世界第2位です。(第1位はメキシコで380個)ということですが、メキシコに卵を大量に使う料理があるとは思えないのですが・・・。

5.卵のコレステロールは安全?

   卵を食べるとコレステロール値が高くなり、危険なので、控えるべきだという医師がいますが、それは間違いだとアメリカの研究者の報告で明らかになってきています。コレステロールは、血管壁や細胞壁を構成する大事な栄養素です。ところが、アメリカでは、超肥満の人の心筋梗塞の原因が、卵のコレステロールと信じられていました。卵好きの日本人には信じられないことですが、卵の卵黄の黄色が悪だと考えられていて、一時はマヨネーズやアイスクリームなどに卵黄を使わず、卵白だけのまずい製品が流通していました。私にいわせると、超肥満のアメリカ人の食生活(大量の動物性脂肪と甘いデザートや飲料)に起因していることの栄養学的無知が原因だと思っています。
 日本においては、適量(2~3個/日)程度の卵では、かえって良質なタンパク質が摂取できるという意味で心配することは全くありません。特に高齢者にとって、良質なタンパク源である卵を肉類や魚類とともに摂取することをお勧めします。

6.アニマルウェルフェアのこと

   一般的に、採卵養鶏はケージ飼いが主流ですが、最近の欧米の大手食品メーカーのアニマルウェルフェアに基づくケージ飼い鶏卵を購入しないという動きが出てきています。狭いケージに閉じ込めて鶏を飼うのがかわいそう、動物を虐待しているというのが彼らの主張です。ケージ飼いに替えて、鶏が自由に動けるフリーレンジ飼いにすべきだというのです。

   現在、この動きが出ているのはヨーロッパ各国とアメリカの一部です。日本では、非常に少ない高価な特殊卵以外は、ほとんどケージ飼いで、最大の鶏卵生産国の中国やインドもケージ飼いが主流です。ケージ飼いをやめてフリーレンジ飼養に切り替えると、価格は更に高いレベルとなることが予想されます。更に、フリーレンジ飼養では、別の心配があります。現在世界的に猛威を振るっている鳥インフルエンザは、ウインドウレス鶏舎で完璧に管理されていますが、フリーレンジ化によっておろそかになるのではないかと危惧されています。

   皆さんは、鶏のフレーレンジ飼いによって、高くなっても、鶏のストレスのない卵を買いたいと思いますか?


フリーレンジ飼養


7.気候変動の影響は

 採卵鶏は真夏の暑さに弱いため、鶏舎内を大きな扇風機で風を送って少しでも涼しい環境にしています。しかし、今後の気候変動によって温暖化が進むと産卵率が低下しさらなる高価格化が予想されます。温暖化は干ばつを引き起こし、飼料作物の不作が心配されます。


8.「物価の優等生」は戻るでしょうか?   

 以上、鶏卵価格を取り巻くいろいろな状況から、みてきましたが、残念ながらこの高い価格は、少なくとも1年は続くのではないかと予想されています。殺処分された採卵鶏に代わる雛を導入しても、まともに市場が戻るには約1年以上かかるのではないかと思います。

しばらくは、卵は高いものだと認識しておくことになるでしょう。

9.(付録として)将来の日本の農業政策は極めて心配です!

   最近牛乳が売れなくて廃棄されている様子をTVでご覧になった方が多いと思います。乳牛にとって非常に悲しい世界でした。子牛を淘汰すれば、15万円支給するとのことです。なぜこのようなことになるのでしょうか?

 根本的な問題として、日本の農水産行政は、安いものがあれば、海外から輸入すればよいという無責任な方針のツケが回ってきたとしか言えません。

 幸か不幸か、鮮度が命の鶏卵は、乳製品のような輸入に頼れない性状の製品であるため、新鮮な鶏卵が廃棄されるということはありませんでした。しかし、代替策としての粉末卵製品などの輸入は、新鮮鶏卵と同じような使い方はができないのですが、世界的な規模での飼料価格高騰は、欧米からの粉末卵にも影響を及ぼしています。

 政府の農業政策の将来展望がない日本で、より根本的かつ将来的な問題として、わずか37%の自給率の日本の食料安全保障をどうするのかということを、私達は真剣に考えていかなければならないでしょう。いずれ、海外から食糧、食料が日本に入ってこない危機的状況を想像するとゾッとしませんか?!

   皆さんも真剣に考えて下さい。

追記

「たまごの玉ちゃん」とは:
私は、現役時代の1981年から主として鶏卵業界にて、液卵、粉末卵、鶏卵加工品の営業・開発の仕事に従事していました。当時は社内外で卵業界の専門家として「たまごの玉ちゃんと」呼ばれていました。
途中で別の事業を担当することもありましたが、最後は中国天津市で鶏卵加工品の子会社を立ち上げ、代表として2007年末まで勤務していました。

尚、現在も、私は中国吉林省の別の鶏卵加工品メーカーの顧問として卵業界の仕事を続けているので、私は今でも「たまごの玉ちゃん」と勝手に思っています。